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乳腺外科と縁が切れた!卒業!--術後10年検診

今月初め、Twitterで下記を目にし、「今年もこの季節・ピンクリボン月間がやって来たな!」と思いながら、各地のピンクのライトアップ写真を眺めていた。



そして、10月は私の検診月。手術は12月の頭だったが、私はこの10年間、福岡・インドと移り住んだこともあり、検診月は10月になっている。

昨年の定期検診の診察時。「来年は術後10年。術後10年の検診をパスしたら、この病院/私が乳がん手術を受けた病院は卒業です。提携クリニック・病院か、この病院の検診センターへ移籍?となります。どこに移るか決めてきてね」と案内を受けていた。

昨年時点では深く考えていなかったが、術後10年検診を受けるにあたり具体的に考えると、様々な疑問が出てきた。「基本、どこのクリニック・病院でも、症状がない場合は検診は自費だな」「その料金はクリニック等によって異なるのか....」「自治体の検診でもいいのでは?」「自分の住む自治体内にある提携クリニック等を選択すると、自治体の検診を使ったりもできる?」などなど。ざっくりとは方針を決めたものの、最終決断は術後10年検診の診察時に当番医に確認してからにすることにした。

★マンモ・エコー検査
健側の左乳房のマンモ撮影、健側左乳房・脇下と患側右脇下のエコー検査。10月頭だったが、12月並みの寒さに強風・土砂降り。ズボンが濡れたままの検査になった。

★術後10年検診・診察
検査日とは打って変わって爽やかな秋晴れ!病院で受付をすると、本日の予定項目に「画像診断カウンターでCD・ROM受け渡し」のなどがあり、「術後10年検診は問題なかったのね、乳腺外科卒業ね」と悟った。

・画像検査問題なし。健側も患側も問題なし
・健側左乳房の乳管内乳頭腫/線維腺腫(経過観察、7年ほど前からある)は変化なし。問題なし。
・今回も解決策を期待せず、患側右脇下からシリコンパイにかけての違和感を一応訴える。担当医からは「その違和感は年単位で消えるのですが、術後10年でもそこまで強く残っている場合は稀で.....」といったいつもの説明回答。
・術後10年以降の移籍先などに関し担当医に質問。術後10年以降も、毎年の検診は強く推奨のようだった。「乳がんの場合は、初発ステージが低くても、術後10年以降の再発は珍しくはないしな.....。確率はかなり低いが。健側に新たな乳がんが出来る確率は、乳がん未経験者より、かなり?そこそこ?高かった記憶があるしな.....」といったことを思い出しながら、医師の言葉を受け取った。
・詳細は省略するが、気になる点を確認し、移籍先は同じ病院の検診センターにした。様々な点から私にはそれがベストと判断した。

因みに、シリコン・パイのチェックは、シリコン・バッグという異物が体内に入っている限り、形成外科等で定期的に続く。しかも、シリコンパイの合併症(破損・劣化・被膜拘縮など)のリスクは、年々上がる。これについては、別記事で。


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近況報告&久しぶりに再会!

相変わらずマイペースに過ごしおり、ブログを書く時間はあるが、ブログから遠ざかっている。「ブログやめた?」と友人から言われるレベルだ。

1年ほど前から、コロナ関連の情報収集でTwitterの使用頻度が上がり、SNSはTwitter中心になってブログからは離れ気味になってしまった。Twitterは、使い方を間違えなければ、貴重な情報を得られる。魅力的だ。が、間違った情報、あえて誤解を招く表現を使いミスリードを狙う情報も溢れているので、情報リテラシー、そして耐える力(これに関して後日触れてみる)が問われるとも感じている。特に最近は、「Twitterは危ないな.....」と感じることが増えている。

Twitterで専門家から得た知識「でこれは凄い!」と思ったモノを1つ挙げるとすれば、「somatic hypermutation/体細胞超突然変異」だ。実は、私はこの現象を知って3回目接種を決断した。

では、「somatic hypermutation/体細胞超突然変異」とは何か。免疫学のシステムで、B細胞が学習・進化し(抗原に対して親和性を高め熟成し)、多種多様なウイルスにも反応できる広域中和抗体をつくることのようだ。この説明は、科学的に正確ではないと思うので、興味がある方は調べてみて下さいね。

要は、ウイルスも変異するが、我々の体内の抗体も学習進化し、変異したウイルスにも対抗できるようになっているので、オミクロン株に対抗するには、3回目接種が重要!ということだ。この日経サイエンスの記事が分かりやすい。

科学的に学びたい方は下記専門家のツイート・スレッドを参照してみてくださいね。



それで、やっと本題?
私が乳がん手術を受けた病院は、乳がん手術がすごーく多い病院。なので、入院中には多くの乳がん闘病仲間に出会い、交流をしてきた。乳がん手術を受けてからの10年間、千葉→福岡→インド・チェンナイ→東京と転々としたこともあり、疎遠になってしまった仲間もいる一方、10年間ずっと交流が続いてる仲間もいる。乳腺外科主治医が同じグループ仲間だ。

5月末に、そのグループ仲間が3年振り?に集まった。第7波が始まる前の感染状況が比較的落ち着いている時期に集まれた。「出会って10年だね.....。皆元気!幸せだね」と再会を喜びながら、喋くりまくった!

公園の樹々ビューが素敵な個室でマスクランチ、換気がいい屋外のオープンカフェでマスクして話した!話した!皆、それぞれ大変なことはあるが、乗り越え逞しく生きている。コロナ禍でも、それぞれ楽しんでいる。ある種の逞しさを感じ嬉しかった。


下記は置物のような姿でくつろぐハトさん.....

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左肩の骨が再生中!?

4月の頭、左肩の術後検診(関節鏡視下手術、左肩習慣性脱臼に対するもの)、兼医療貢献に行ってきた。今日はこれに関してちょっこら。まずは、繰り返しになるが、手術に関する簡単な経緯を。

1回目の手術は福岡で2016年2月。この時の術式は標準的(一般的)なものだった。術後10ヶ月間程度のリハビリ・筋力強化を経て、夫の転勤先インド・チェンナイへ。術後1年2月でヨガを始めた。左肩のことを考え、プライベートレッスンから開始する等、私なりに慎重に進めた。因みに、主治医からはインドへ旅立つ前、「ヨガはOK」の許可や、「......のような動作・姿勢は危ない」といったアドバイスを貰っていた。

チェンナイではヨガにのめり込んだ。「左肩・左腕の筋力が弱いな!」とたまに感じることがあったので、ヘッドスタンディングなどリスクを伴うと私が直感的に感じたポーズは、とーーーーっても慎重に進めた。インストラクターから「あなたなら絶対に出来るのに!」と強く勧められてても、マイペースを守った。

日本・東京に帰国後、1回目手術から3年ほどで再発の診断(詳細は過去記事参照)。それから半年後に都内の大学病院で2回目の手術を受けた。


で、ここからが本題(下記は、私の理解レベルでの説明になるので、医学的には間違っている可能性あり)

◆東京での再発診断時、1回目の手術を受けた福岡の病院から画像等を取り寄せ。3年間で左肩関節窩(骨、この部分が分かる公式等の適当なサイトを見つけられず。商品メーカーのHPのようだが、このページが一番分かりやすい)の一部が吸収され擦り減っていることが判明。1回目の手術で装着した肩を固定するためのワイヤー?糸?が機能していない可能性が予想された(2回目の手術時に、実際に患部を確認。予想通り、ワイヤーは機能していなかった)。

◆1回目は標準(一般)的術式。関節の骨が欠けている部分にワイヤー?糸?を数本(必要に応じた本数)を装着し、肩が落ちない(脱臼しない)ようにするもの。この標準的な術式を受けた患者の中には、私のように、左肩関節窩(骨)の一部(特にワイヤーを装着している周辺部分)が吸収され、ワイヤーが機能しなくなり再発する症例があるらしい。学会で議論されているとか。原因については、諸説あるが推測の域を出ないらしい。

◆2回目の手術では、主治医が考案した(と主治医に説明された)新たな術式を採用。正確には説明できないが、左肩関節窩(骨)の欠損部分に人工骨を装着(私の場合は2個)し、ワイヤーを装着する角度も変更(説明を受けた時は、「物理的に考えてなるほど.....」と思ったが、今は説明できない)。ワイヤーの本数も増やし、1回目よりはワイヤーの締め具合?もきつくした。医学的には説明が不正確。ご容赦を。

◆術後の固定期間は、1回目の2倍以上長かった。当時は「固定期間がある程度長い方が、再発率が低いというデータがある」と説明された。私の場合は、2回目の手術だったこと、骨の欠損が大きく、主治医曰く大変で重度の手術だったことも、固定期間が長くなった要因になっていると理解している。

◆先日の受診は2回目の手術から約2年半。CT画像では、装着した2個の人工骨がどんどん小さく見えるようになっていた。つまり、なんと!左肩関節窩(骨)の欠損していた部分が誘導され、どんどん再生し、人工骨に覆い被さっていた。素人の私が見ても、時間経過とともに、骨が再生してきているのが分かる。ここまで骨が誘導・再生する症例はかなり少ないらしく、主治医は「とっても参考になる症例だ!嬉しい想定外!」と驚いている。私が「50代半ばのおばちゃんが、新しい術式でここまで骨が誘導・再生するなら、若いアスリートはもっと早くかつ多く再生しますよね?」と尋ねると、「骨の再生スピードが速いのは子供、18歳位まで。後はほぼ一緒」と主治医。私はこの事実を初めて知った。

従来の標準的な術式では、左肩関節窩(骨)が吸収され擦り減った私が、新たな術式では同じ部分の骨が誘導され再生されている。医学の進歩だ。私の症例が今後の医学に役立つなら嬉しい!!そして、次の医療貢献は秋。


今日のオマケは病院の帰りに寄った東京ミッドタウン・六本木。今、通院している病院は大学病院ではなく主治医の外勤先。お洒落な地域にあるので、診察後のブラブラ散歩が楽しみ。

満開の桜を楽しんだ!

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お花見観光バスが頻繁に通っていた。

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レストランの屋外席は混んでいた。やっぱりこういう光景を目にすると嬉しい!

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ブースター接種の副反応ー私の場合

一昨日の水曜日、近くのクリニックでブースター接種を受けた。初めて行くクリニックだったが、通常診療、ワクチン接種、PCR検査がシステマチックで、「安全性、効率性等を踏まえ、色々考えこうなったんだろうな、、」とコロナ禍の長さを感じた。問診票に「ソセゴン注射で蒼白・めまい・嘔吐」と記載したので、接種後30分待機となった。同じ時間帯に3回目接種を受けた方が7名ほどいたが、20代、30代に見える方々だった。接種直後に下記を見て納得した。



ブースターは1・2回目同様のファイザー。「ファファファ」だ。50代半ばのおばちゃんの私だが、副反応が軽めとされるファイザーにも関わらず、2回目接種後に38.5度の発熱+接種後1ヵ月ほどリンパ節の張り感があったので、副反応への不安?嫌悪感?があったが、まず予約したのは、徒歩圏内の集団接種会場・モデルナだった。が、予約日に急用が入り、同じ会場で再予約を試みると、予約日の翌週からその集団接種会場は金〜日のみになっていて都合が合わず。他を検索すると、近くのクリニックのファイザーの予約枠がガラガラだったので、コレも縁ね!とファイザーにした。

また、私は、客観的に判断して感染リスクがかなり低い生活環境であること、初めて使う薬剤で稀な副反応群に入る経験を数回していること等から、ブースターの接種は可能な限り遅らせた。結局、2回目接種から8ヵ月半で3回目接種となった。


それで、3回目の副反応は、「ほぼ2回目と同じ+接種部位の痛みが強い」だった。詳細は下記。

・ブースター接種から12時間で37.7度の発熱、13時間半(夜中1時半)で38.4度。その後38.6度まで上昇。
・2回目同様、頻尿で1時間おきに目が覚める。水分を意識的に摂取しているからかもしれないが、リンパ節の張り感があるので、リンパ節の腫れが関係しているとも思う。眠れないので疲労感が増す。
・発熱に伴い、筋肉・節々の痛みあり。
・脇下等、リンパ節の張り感あり。
・接種から20時間(午前8時)、38.2度、用意しておいた冷やしたゼリーを食べる。美味しい!
・接種から24時間。37度あたり。高熱に伴って出現した筋肉や節々の痛みがかなり消失。
・接種から30時間、36度台後半の平熱になることはなく、ずっと37~37.5をウロウロ。
・接種から36時間、平熱に戻り就寝、熟睡。
・接種から48時間、復活、高熱に伴って出現した筋肉や節々の痛みも完全消失、リンパ節の張り感は残っている。
・2回目同様、今回も解熱剤は使用せず。

ファイザー2回目接種後もそこそこ副反応が出たので覚悟はしていたが、予想通りのそれなりの副反応があった。同年代の友人の中では副反応が強い方だが、私同様にファイザー3回接種の同級生は2回目も3回目も私以上の高熱で発熱期間も長かった。個人差が大きい......。


今日のオマケは少し前の千鳥ヶ淵の満開の桜を!私のインスタグラム埋め込み形式で。インスタにも書いているが、花冷えの寒い日にあえて、半蔵門〜千鳥ヶ淵〜九段下に行った。曇天で寒いので、予想どおり人は少なく、写真を撮るにはイマイチだったが、満開の見事な桜を堪能できた。鑑賞中心になって良かった。最後の画像は、千鳥ヶ淵といえばのインド大使館!



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動乱の時代に感じる春

乳がん闘病&認知症義母介護の時からずっと思ってきたことが、コロナで可視化された(より多くの人が感じ始めた)ように感じる昨今。それについて書こうと思って既に1ヶ月.....。

この1ヶ月の間に、
「今の時代に武力で攻撃するの??」
「欧州諸国はロシアの動きを予測していて、コロナに関する規制を撤廃し、社会を通常モードに戻した??」
「私が子供の頃は、欧州への飛行はアンカレッジ経由が当たり前で、ソ連上空は飛べなかったが、またそうなるとは!」
「すっかり忘れていた東西冷戦を思い出したよ。ベルリンの壁が壊される瞬間をテレビで見たな.....」
「そこまで攻めるの?第三次世界大戦になるよ!」
「原発狙いますか...。チェルノブイリ原発事故は、スウェーデンが放射線量の異常に気付き、ソ連を問い詰め判明したよな.....。大学の卒業旅行で欧州旅行に行ったが、友人のお母さんが、チェルノブイリ原発事故の影響を心配して.....」
「ただでさえコロナ禍で苦しいのに、燃料系の値上がり??70年代のオイルショック時、意味も分からず、トイレットペーパーを持ってレジに並ばされたな....」
等といったことが起こり・思い出され.....。

そして昨夜は、有働アナのZEROを観ていると緊急地震速報!長い揺れだった。「3.11の時と同じような感じ!」と少し焦る夫。「えー?3.11は今夜とは比べものにならない程激しく揺れたよ!立ってられなかったし、鉄筋鉄鋼の軋む音に家具が倒れ移動する音」と冷静な私。3.11発生時、夫は中目黒の新しい免震オフィスビルの7階、私は千葉津田沼の当時の自宅マンションの11階。今になって、3.11当時の夫と私が体験した揺れの違いを認識した。因みに今は23区内在住。

疫病・戦争・自然災害.....。動乱の世の中......。もうね....私はこの動乱期を生きている一人として、この動乱を楽しむことにしている。平和や日常があってこそ存在するものが多いよな.....。人が愚かだから自然界が怒っていると思ったり。

ウォーキングコースで出くわす自然の光景に癒され、ささやかな幸せを感じている。下記は10日ほど前に出くわした幸せ。白い梅にメジロが沢山いた。

梅とメジロ1


梅とメジロ2


梅とメジロ3


ピンクの梅にはシジュウカラ。

梅とシジュウカラ

それで、本題はまた先送りです。

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